「アスマはねえ、優しい男なんですよ」
 ああ見えても。
 そう言ってカカシは笑う。
 それは彼と付き合い始めてから何度も聞いた言葉だった。会えばクマだの鬚だのヤニ臭いだの憎まれ口を叩くくせに、彼のいないところで彼を語るカカシの言葉はいつも優しく柔らかい。
 勿論イルカはひどく面白くない。だから黙らせる為に口を塞ぐようキスすればカカシは吃驚したように目を見開いてからけらけらと笑った。
 イルカだけがまた耳まで赤くなる。

 

 

 「カカシてめえなにぶっこいた」
 不機嫌丸出しの声でアスマは言った。
 昼飯時の蕎麦屋の中。慌てて立ち上がって挨拶しようとするイルカを手で制し、アスマはうんざりした目付きで再度カカシに問うた。
 「カカシてめえなにぶっこいた」
 「はあ?なんのことよ?」
 ちゅるん、と蕎麦をすすってカカシが見返す。店の中は結構な混み具合で、アスマは勘定の為に立ち上がった老人を避けながら、
 「いのの親父さんに何か余計なこと言ったろうよ」
 「・・・なにそれ?」
 「ふざけんなてめえ、俺が幼女趣味とかなんとかぶっこいたろ!?」
 ぎょっとするイルカの隣でカカシは、ああアレかあ、と間延びした調子で答えた。
 「大分前のネタだよね、それ。ってかアンタ自分で使ってたでしょ。なんで今更」
 「・・・てめえ、部下の餓鬼共にでもそれ言ったんじゃねえか?」
 「ん〜、言ったかも。でもそうだとしても随分前だなあ」
  がっくりと肩を落とすアスマ。
 「ど、どうなされたんですか、アスマ先生」
 「・・・いのの親父さんに釘さされたんだよ、わざわざ。ったく面倒くせえ」
 「はは、真に受けられちゃったんだ〜」
 「笑うな、元凶がよ」
 そんな妙なネタで俺で遊ぶのはオマエか紅しかいねえんだからなと睨んでから、うんざりとした顔でアスマは言う。
 「・・・だいたいいのだってもう十二じゃねえか。幼女って年じゃねえだろう」
 「はは、父親から見れば娘は幼く見えるのかもしれませんが」
 取り成すように言ったイルカだったが、その口元が微妙に歪む。
 「・・・・・・なんだよ?」
 「あ、いえ、その・・・」
 「あ」
 カカシが不意に頓狂な声を出し、イルカに向かってにいっと笑った。
 「想像したんでしょ、イルカ先生。このクマがねじ込まれてるとこ」
 「・・・う」
 図星を指されたイルカは一瞬詰まったが、堪えきれずとうとう笑い出してしまった。
 「す、すみません、あはは。でも、ついその、想像すると」
 「・・・言ってろ」
 不機嫌そうにアスマは唸る。丼に顔を突っ込むようにして汁を飲んでいたカカシも笑って言う。
 「大変だねえ、あのコの親父さんて『いのしかちょうトリオ』の一人でしょ、アスマおいたしたら心身操作術で木ノ葉茶通りでストリップとかさせられちゃいそう〜」
 「てめえ他人事だと思ってイヤな絵図面書きやがるな、ボケ。そんなことになったら里の存亡の危機になるぞ」
 「なんで?」
 「野郎どもが自信喪失で人口激減だ」
 「うっわ、背負ってる。それほど大したもんでもないくせに」
 「言うじゃねえか」
 「見飽きてるから、アンタのなんて」
 「・・・・・・おい」
 アスマに顎をしゃくられカカシが振り向けば。
 イルカが固まっていた。
 「・・・イルカせんせ?」
 「あ・・・はい、カカシ先生?」
 真っ赤になって慌てて返すイルカにカカシのひとつしか見えてない眉がつり上がった。
 「・・・・・・アナタ何想像してるんですよ」
 「え。あ、いや、べ、別に」
 「おかしなこと想像しないで下さいよ、オトコ同士なんだから風呂でも便所でも機会あるでしょ。・・・オレこいつとは何度か国外任務でも一緒だったし。互いの裸なんて何度も見てます」
 溜息とともに言われイルカは何故か恐縮して、スミマセンと小さく謝った。
 「あ〜、ショック。イルカ先生オレのことそういう目で見るんだあ」
 「いえ、そんな・・・」
 「そこいらヘンで勘弁してやれよ」
 イルカが責められているのを見て機嫌を直したのか、アスマがいつもの調子でにやにやと笑いながら取り成す。
 「・・・野郎同士じゃ浮気のチェックも面倒くせえなあ、センセ?」
 イルカはまた赤くなって下を向いた。

 

 

 「あのクマね、あれで片思いしてるんですよ」
 その晩、ひっひと笑いながらカカシは言った。ナイショねと前置きして。
 「・・・そうなんですか」
 「そうなんですよ」
 イルカの家でまるきり自分の部屋のようにくつろいでカカシは言う。夕飯の洗い物を終え、手を拭きながら茶の間へ戻ってきたイルカに擦り寄って。
 「結構、長いね。外見に似合わず肝が小さいから」
 「でも」
 イルカは戸惑ったように答える。
 「確かアスマ先生・・・」
 「ああ」
 何度か耳にした艶聞を思い出しながらそう声に出せば、カカシは直ぐに気づいたらしくまた笑った。
 「そうですよ、遊んでるんだ、あのクマ」
 「だったら」
 「言ったでしょ、肝が小さいって。他の花畑荒らしても自分の本命にはどうこう出来ないの。・・・指咥えて見てるだけ。可愛いんだか図々しいんだか」
 「・・・はあ」
 「でも」
 不意にイルカの首に腕を回し、ぶら下がるようにして下からカカシが唇を合わせてきた。そのままイルカが応える前に突き出すよう離れて、カカシはまた小さく笑った。
 「他人のものには手は出さないんです。なんでだか分かります?イルカ先生」
 「・・・さあ」
 「面倒くさいから、ですよ。同じ里内でゴタゴタするのがね」
 「それは・・・よく分かります」
 正直にそう言えばカカシは今度はけらけらと笑った。
 猿飛アスマは無類の面倒くさがりだった。そりゃ付き合いの浅いイルカにも分かるほど。
 ソーセージが好きと聞いて可愛いところがあるなあと感心していたら、どうも食べるのに面倒がないから、らしかった。茹でるか焼くかするだけですぐ食えるからな。そう言っていた。
 「だから、イルカ先生」
 「え?」
 「・・・わかんないかな」
 腕を回したまま喉を鳴らすようにしてカカシは、身の潔白を証明してるんですけれど、オレ、と囁いた。
 「・・・あ、昼の」
 まだ気にしてらしたんですか?と聞けばカカシは幾分拗ねたように、
 「アッタリマエです。俺イルカ先生に疑われてるなんてイヤですから」
 せんせえ、捨てないで〜とでかい図体で圧し掛かられ押し倒されイルカも笑ってしまう。
 「信じて下さいます?」
 「・・・信じますよ」
 そう答えながら、そのアスマの片思いの相手というのが実はカカシだったなんてことになったらイヤだなあとこっそり思いながら、イルカは仰向いてカカシのキスを受けた。

 

 

 「他人をネタに盛り上がってるんじゃねえよ」
 ぎょっとして顔を上げれば最近見慣れた鬚面がにやついていた。
 「ア、アスマ先生・・・っ」
 「どうなんだよ、盛り上がったろ、夕べは」
 妙なこと言わないで言わないで下さいよ、とイルカは慌てて言った。朝の拝受ラッシュを過ぎた受付は閑散としていて声がよく通る。背後で書き物をしている同僚を窺ってイルカは声を落として言う。
 「も、盛り上がるって、そんな」
 「後でまたカカシの奴蒸し返したんだろ、イルカ先生の俺と奴がどうこうってネタ」
 ネタかい。
 内心突っ込みながらイルカはそんなことありませんと言ってみたがアスマは取り合わない。
 「『イルカせんせえ、捨てないで〜』とかぬかしてしなだれかかってこられたんじゃねえか?え?」
 いえ、押し倒されましたとも言えず。
 「かあ、いいねえ。羨ましいこった」
 そう無責任な調子でアスマはげらげら笑う。
 俺はイルカ先生のもんだって知ってるからあのクマは今更俺とどうこうってありませんよ。
 そうカカシは笑ったけれど。
 「イルカせんせ?どうしたい?」
 黙りこんだイルカにアスマが声をかけてきた。慌てて、
 「はい?」
 と返せば呆けてどうしたと聞かれた。
 「や、なんでもありません・・・はは」
 そう曖昧に笑えば肩を竦められた。
 「ま、仲良くやんな。あれは性格悪いけどイルカ先生には本気だぜ・・・可愛がってやってくんな」
 そう言ってまたひらりと大きな手を振って行こうとするのに、慌てて声をかけようとして。
 「あの」
 イルカの口が滑った。
 「聞きました」
 「あ?」
 「・・・あ。いや、その・・・」
 「何を聞いたって?カカシにか?」
 途端にイヤそうな顔をして、イルカを問い詰める。
 「え、言ってみなよ、センセ。あのうんつく何ぬかしたって」
 「・・・え、その・・・」
 「言えよ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 どうしよう、と一瞬だけ思ったが、言ってしまった。
 「あの・・・アスマ先生、片思いなさってるって。だから・・・」
 え。
 イルカの目が丸くなった。
 赤くなったのだ。
 あの猿飛アスマが。
 「ええ?」
 イルカの方が頓狂な声を出したのに、アスマは胸倉掴んで凄んできた。
 「相手は?」
 「え?」
 「・・・相手は誰だって?」
 「き、聞いてません、っよ・・・っ」
 ぐいぐいと押されながらどうにかそう返せば唐突に開放された。そのままの勢いで椅子に凭れかかったイルカが見上げれば。
 相変わらず赤い顔をしたアスマに手荒な真似してすまねえなと吐き捨てるように言われた。
 「い、いいえ」
 「けどな、イルカ先生」
 もしそのこと洩らしたら。
 「タダじゃおかねえぞ、いくらセンセでもな」
 凄まれた。
 思いっきり。
 現役上忍に。
 「いっ、言いませんよ!」
 何故かイルカも赤くなって返す。その様子に調子を取り戻したのか、アスマはにやりと笑って言った。
 「もし洩れたら俺の方にも用意はあるからなあ?」
 「は?」
 「『後ろからされてる時に両肘の辺りで掴まれて引っ張られると拘束されてる感じが強烈でたまんないんだよねえ〜』」
 「!!!!!!!!!!!」
 「・・・そういうこった」
 にいっと笑ったままアスマは言うと、仲がよくって羨ましいねえとわざわざもう一度言ってから受付所を出て行った。
 取り残されたイルカは固まったまま、カカシでさえ聞かされていないアスマの片思いの相手って誰だろうと考えていた。
 そして。
 今夜はきちんとカカシと話し合わなければとも。
 惚気も限度を考えろ。
 イルカは怒鳴り出したいのを堪えてカウンターに突っ伏して力なく溜息を吐いた。