桜は好きだなあ。
そう言ってカカシは薄く笑ったらしい。背中に負われたサクラからは窺い知ることは出来なかったが。
足を捻った。
「痛ぁ・・・」
「サクラちゃん、無理だってばよ」
立ち上がろうとしたがかなわなかった。ナルトが心配そうに声をかけてくる。
「・・・無理をするな」
サスケも眉をひそめながらそう言ってくる。
だが二人に気遣われれば余計にサクラは居た堪れなくなってしまう。
任務中になんてこと。それもEランク、ただの畑の草むしりと土を均す作業。体力はいるが危険でもなんでもない任務で一人で勝手にこけて足を捻ったのだ。
(私の馬鹿馬鹿〜!)
内なる自分がごんがんごんと壁に頭をぶつけながらわめいているのを感じ、サクラはしょぼんとしてしまった。
(サスケ君の前でみっともない〜!こんな格好悪いの、いのぶたに知られたら笑われちゃう〜!)
だのに。
「よせよせサクラ」
彼等の指導担当官である上忍は彼女の心の内に気づかないように平時の緊張感のない喋り方で声をかけてきた。語尾の力の抜けただらしない喋り方で。
「捻ってるなら動かすんじゃないよ。治りが遅くなるだけでしょ」
そう言いながら彼女の足を診て、
「ん〜・・・なんだな。これじゃ作業は無理だな。サクラは休んでろ」
「でも」
「ダイジョウブ。その分男子二人が頑張るから」
その男子二人のブーイングを無視し、カカシはサクラをひょいと抱き上げる。いきなりのお姫様抱っこにサクラが悲鳴をあげるとカカシはまた小さく笑ったようだった。
体力には自信のあるナルトも手際のいいサスケも土だらけで頑張ったが、三人の仕事を二人で分けた為、上がりが遅くなってしまった。
サクラは先帰るか、早退扱いしてあげるよ〜とカカシが下品な愛読書から目を離さず言うのに(男子二人が懸命に作業する中、この上忍はサクラの隣でずっと読書していたのだ)、結構ですと硬い声でサクラは返す。
(早退扱いなんて)
任務はスリーマンセルで受けるものだ。一人だけ勝手に帰るなど認められるはずがない。規則を曲げるのはイヤだったし、カカシに軽く言われたことも腹が立った。
まるでいてもいなくても同じと言われたようで。
(・・・・・・でも)
そう思われても仕方ないかも。
エリート、No1ルーキーの呼び声の高いサスケは勿論、最近めきめきと実力をつけているナルトにも、大きく劣っている自分をサクラは知っていた。
男子である彼等に体力は及ぶべくもない。潜在的なチャクラの量も。
忍者としての資質は彼等のほうが圧倒的に上だった。自分が少しでも勝っていると思えるのは机の上のことだけだ。
・・・情けないなあ。
アカデミーを卒業し、スリーマンセルを組んだばかりの頃、ドベで足手まといのナルトに苛々した。きつい調子で言葉をぶつけ、つらく当たったこともあった。今ならひどいことをしていたとサクラにもわかる。
だって。
(今は私が足手まといだもの・・・)
「カカシ先生、終わったってばよ!これで文句ないだろ!」
「指示された場所は全部すんだぜ」
「よ〜し、本日の七班任務終了!よく頑張ったな、お前等」
愛読書をしまい、カカシは立ち上がる。夕闇に目をこらすようにしてから、サスケとナルトに言った。
「それじゃ今日は現地解散ってことで、お前等帰っていいぞ。斡旋所への報告は俺が行っておくから」
「サクラちゃんは?」
「先生が送ってくから心配すんな」
ええっとサクラとナルトの両方から声があがる。
「心配するってばよ!」
「やだ、いいわよ先生!」
「やだって何?」
むうと眉を寄せてカカシが言う。
「仕方ないでしょ、サクラ歩けないんだし、俺担当指導員だし。人を痴漢や変質者のような目で見ないように」
「似たようなもんだってばよ」
「・・・ナルト、鉄拳制裁もとい教育的指導ね」
ぎゃあと叫ぶナルトを無視し、カカシはサクラの前に背中を向けて蹲った。
「先生?」
「おんぶ」
ええっとサクラが叫ぶ。真っ赤な顔で、
「いや〜!」
と言うが、カカシは早くしろというように肩をゆすり、振り向かない。
「先生〜」
「仕方ないでしょ、サクラ歩けないんだし」
同じ言葉を繰り返す。
「それとお姫様だっこの方がいいか?」
「う」
「さっさとする。暗くなるでしょ」
しぶしぶ肩に手をまわし背中によりかかる。
「サクラ」
不意にそれまで黙っていたサスケが口を開いた。
「ヘンなことされたら遠慮なく刺してやれ」
「・・・お前等上司をどんな目で見てる」
「でも先生の家、私の家と反対の方でしょ」
カカシの背からそう聞いてくるサクラへ、
「サクラ届けたら斡旋所行って、それから帰るから問題ないよ」
「でも遅くなるわよ?報告も・・・受付終了に間に合うの?」
「あー、残業大好きイルカ先生が居残っててくれるだろうから平気だよ」
「イルカ先生気の毒だってばよ」
「何を言う。残業手当ばっちりでイルカ先生うはうはよ?」
「・・・・・・・・・」×3
ナルトとサスケと別れ、カカシはサクラを背負ってひょいひょいと歩く。薄闇が柔らかい春の宵。
「ああ」
不意にカカシが妙な声をあげた。
「先生?」
「桜だ」
カカシの視線の先。児童公園の桜が咲いていた。
大きな二本の桜と小さく若い一本の桜。
週末には満開だと朝、母が言っていたのをサクラは思い出した。
「綺麗だねえ」
闇に溶けるように淡く広がった桜の花。ぼうと浮かんで幽玄の色。
「昼間見ても綺麗だけど、なんて言うか・・・夜桜って魂抜かれちゃいそうな綺麗さだよねえ」
イチャパラ教師の癖に。
似合わないことをと小さくサクラが笑った時。
「桜は好きだなあ」
カカシが小さく言った。
「カカシ先生?」
「小さくて可愛いのに凛として。散る時ぱあっとしてるのも潔いよね・・・桜は好きだなあ」
「・・・・・・」
自分と同じ名前の花を好きだと繰り返すカカシに、サクラはどう返したらよいのか分からず黙り込んだ。奇妙に耳が熱い。
「サクラ」
「は、はい」
「桜は半分咲いてるくらいがいっとう綺麗だと思わないか?」
「え?」
「桜ってさ、満開になると真っ白になっちゃうんだよね。蕾じゃないとピンクに見えない。だから満開よりも半分よりちょっと多いくらい咲いてる時の方が、色がついてて綺麗だと思うんだけど」
綺麗なピンクだ。
そう言ってカカシは薄く笑ったらしい。背中に負われたサクラからは窺い知ることは出来なかったが。
サクラは鼻が詰まったようになった。目をきゅっと瞑る。
落ち込んで、小さく固まった胸が何故かほぐれるような気がした。
半分咲いてるくらいがいっとう綺麗。
「サクラ」
桜を見上げたまま、カカシがまた声をかけてくる。
「足、今夜はきちんと冷やしなさい。明日も任務だから」
「・・・はい」
小さく鼻をすすってサクラは答えた。微かにカカシの背中に顔を埋めるようにして。
よろしい、と答えたカカシの背中は、ほんの少しだけ大人の男のひとの匂いがした。
完
・・・どうやら木ノ葉隠れ里の桜はソメイヨシノってことで。
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