どうしようもない衝動というものはあるのだと知っていた。
 例えそれがどれ程のリスクを伴っていたとしても、手を伸ばさずにはいられない。頭の隅できちがい沙汰だと止める声がしても。
 自ら火に飛び込む蛾を愚かだと嘲笑うことが出来るのは、この衝動を知らない幸せな人間だけだ。
 生憎俺にはその資格はない。

 

 

 彼は優しい人だった。
 何も持っていないくせに、優しい人だった。
 アカデミーの教師で、いつも子供達に囲まれていた。よく通る大きな声で熱心に指導をしている姿を何度か見かけた。あまり要領のよくない指導をしているなと思った記憶がある。きっと彼は器用ではないのだろうと。
 だが、自分に関りが出来るとは思っていなかった。
 アカデミーの卒業の時期、他の上忍何人かとまとめて三代目に呼び出された。新しい下忍の指導に就くようにと。
 「・・・落としてもいいんですよね?」
 最後に、何か質問は?と聞かれたのでそう言うと、周りの奴等が露骨に厭な顔をした。
 「カカシ、指導する気がないなら最初から辞退しろよ」
 吐き捨てるように言われた。
 「あるよ」
 「ないだろ、お前」
 毎回毎回落としやがって。一度も合格者だしたことないじゃないか。
 一斉に噛み付いてきた。
 「俺はね、基本に忠実なんだよ」
 「・・・何だと?」
 「忍者になる資格があるかどうか、まずは其処から始めるもんだろう。俺は半端者引き摺ってって死体持って帰るのはイヤだから」
 「!・・・詭弁だ!」
 「なんとでも。でも俺、自分のやり方変える気ないから」
 よさんか、と三代目が割って入る。苦虫を噛み潰したような顔で、
 「指導法は各々に任せてある。好きなようにすればよい。素質無しと判断出来れば落としても構わん。要はヒヨッコ共を一人前の下忍に仕込んでくれればいいんじゃからな・・・カカシ」
 「はい」
 「お前はこの後、ワシに付き合え。行く処がある」
 「・・・はい」
 俺は基本的に面倒臭いのは嫌だった。
 そして人生の中で一番面倒臭いのは人の生き死にだ。特に近しい人間の死ほど面倒なものはない。頭の中も胸の中も滅茶苦茶にされる。二度とゴメンだった。あれほどの絶望も、あれほどの後悔も。ならば見知らぬ人間の屍の山をこの手で築く方がマシだった。
 三代目に連れて行かれたのは子供が一人で暮らしているという小さな部屋だった。そこで俺は今度受け持つ生徒達の素性を知らされた。
 「お前は鼻がきく」
 喰えない三代目が珍しく煽てるような口をきくのに、俺は心底げんなりした。愈々以って面倒ごとだと思ったからだ。
 だが、その時の俺の読みは間違っていた。面倒なのは三人の下忍の子供達の素性ではなく、彼等を引き受けることによって出来た縁の方だったのだ。

 

 

 知らないうちに自分の身体に九尾の妖孤を封印され、里の連中に疎まれ続けてきたというのに、ナルトは呆れるほどに明るかった。前向きで、貪欲で、目標に向かってがむしゃらな姿には影がない。
 (面白い成長の仕方をしたな)
 好奇心に駆られて、他の二人にそれとなく探りを入れてみたが、サクラから返ってきたのは、
 「だってナルト、馬鹿だもの」
 という身も蓋もないものだった。度の過ぎたイタズラをするナルトはくノ一クラスでは嫌われていたらしい。人気ナンバーワンのサスケに事ある毎に絡んでいたのもマイナスだろう。
 だが、そのサスケの意見は違っていた。
 「・・・イルカ先生がいたからだろ」
 うざったそうにそう言った。他人のことには興味はない、ましてやナルトなんてドベのことなんか俺が知るかよと言っていたクセに、やはりサスケはカンがいいのだろう。
 「イルカ先生?」
 アカデミーの先生か、と聞くと、
 「担任だ」
 と、ぼそりと返ってきた。
 「その先生はナルトに優しかったのか?」
 「いつも怒ってばかりだったけどな」
 「・・・」
 「けど、他にアイツの心配する教師なんていなかったからな」
 「・・・そういやラーメン奢ってもらってたとか言ってたなあ・・・」
 けったいな自己紹介を思い出しながらそう呟くと、サスケが不意に聞いてきた。
 「ナルトに興味があるのか?」
 「・・・自分の担当の生徒のことはね、一応知っておかないと」
 へらっと笑って見せるとサスケは思い切り不信気な顔をした。カンがいいこいつなりに何か感じているのかも知れない。里の大人達のナルトに対する歪な態度に。
 だが、教えてやる気はなかった。例え里の掟が無かったとしても。
 俺は意地が悪いのだ。

 

 

 それがイルカ先生という中忍の存在を始めて知った時だった。
 本当に只の好奇心だった。バケギツネと同一視されて嫌悪されてきたナルトが歪まずに育ってこれた理由だというアカデミーの教師。どんな奴だろう、くらいの。
 それが。