情が薄いと詰られたのは一回や二回じゃない。本人にそんなつもりはないのだが、相手はいつも勝手に怒り出す。
 見てくれの所為もあるのよとスリーマンセルで組んでいたやつに言われたことがあった。
 「カカシ、色素薄いから冷たく見えるのよ。気にすることないよ」
 にこにこと、慰めにしては豪く中途半端なことを言われた。
 「だけじゃねえよ」
 横で聞いていたもう一人が面倒臭そうに言った。
 「コイツ、態度悪りイもんよ。いつも他人の話聞いてるかどうかわかんねえような顔しててよ」
 「ゴーグルかけっ放しの奴に言われたかないよ」
 そんな会話は大抵最後には取っ組み合いになって終わった。餓鬼の頃の話だから仕方のないことだったが。
 でも、その後も俺に対する周囲の評価はなかなか変わらず、俺は取り敢えずいつも笑っていることにした。軋轢が面倒だったからだ。振りも長く続ければ上手くなるとみえて、誤魔化される奴も増えた。三代目には馬鹿な奴だと言われたけれど、気にせず続けた。だって俺は基本的に面倒臭いのは嫌だったから。
 だから額当てをずらし、面布で顔の半分を覆うようになっても、俺は残ったひとつの目で笑い続けた。
 これで面倒がなくなれば楽なもんだし、何より俺には。
 別に笑顔を見せてやりたい特別な相手がいる訳でもなかったから。
 あいつがいってしまってから、今まで。

 

 

 狭くてすみませんと謝りながら通してくれた彼の部屋は驚く程荷物が少なかった。部屋の大半を占めている(でもそんなに大きいわけでもない)臥所。他には机と本棚。そして身の回りの物が入っているらしい箪笥。それで全てだった。
机の上と本棚には、やたらたくさんの書やら巻物やらがあったが、これらは全部アカデミー関係のものだろう。・・・やっぱり彼の私物は極端に少ないようだった。
 「座ってて下さい」
 そう言って、机の前のたったひとつの椅子を勧めてくれた。
 俺達上忍は里の外の仕事も多い。そういう連中はどうしても身の回りを軽くしておかねばならず、荷物も少なくなる。(いつ殺されてもいいようにしておくってことだよ、と笑って言っていたのは暗部時代の同僚だった)だが、里に居ることが多い中忍はいろいろと身の回りの物が増えていく。だから、家族持ちほどでないにせよ、この部屋にももっといろいろな物があって然るべきだった。幾ら独身男の独り住まいだとしても。
 それが酔っ払った俺の頭にも引っかかった。
 「先生」
 「はい?」
 小さな台所でお茶の用意をしてくれているらしい彼に呼びかけた。
 「綺麗に住んでらっしゃいますね」
 「お恥ずかしい。あまり見ないで下さいよ」
 明るく笑って返事を返された。
 綺麗に、と言ったのが、整理整頓されているという意味ではなく、単に物が少なく暮らしているという意味だと分かったかどうか、その声の調子からは掴み難かった。
 中忍の安月給といってももっと良い暮らしが出来る筈だった。まさかナルトのラーメン代が深刻な額になってる訳でもあるまいに。かといって、貯蓄が趣味というタイプにも見えない。
 「どうぞ、粗茶ですが」
 渡してくれたお茶は温かかった。
 「すみませんね」
 「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けしたみたいで」
 また恥ずかしそうに笑った。担いでいたことを言ってるなら、地面にほん投げようとしたことは黙っていよう。
 彼は自分も茶碗を持って、臥所に浅く腰を掛けた。
 「今日は楽しかったです」
 そう言ってまた笑う。
 言葉はしっかりしているが、彼もまだ酔いが残っているのだろう、顔が少し赤かった。
 「楽しかったですか?・・・そりゃ良かった」
 「はい。良かったです」
 他愛のない言葉遊びのような会話だった。何の意味もない言葉の応酬。
 不図、気が付いて、
 「俺と一緒で楽しかったんですか?」
と聞いてみた。間を空けることなく返事が返ってくる。
 「ええ」
 「・・・変わってますねえ、イルカ先生は」
 「はい?」
 「俺といて楽しいなんて人初めてですよ」
 あいつが居なくなってから。
 「そうなんですか?」
 彼は困ったように小さく笑った。
 「それは皆見る目がないんですよ。俺は楽しかったです」
 一瞬、視界が捩れたような気がした。
 「・・・そうですかね」
 「そうですよ」
 「俺は情が薄いって、よく言われますよ?」
 「そんなことはないでしょう?」
 彼は心底驚いたように言った。
 「だって先生、仲間を大切にしないヤツはクズ以上のクズだって教えてくれたでしょう、ナルト達に」
 思いもかけない科白を、思いもかけない時に聞かされ、俺は動揺した。これは、不意打ちというヤツだろう。
 「そんな大事なことをご存知の先生が、情が薄いなんて筈、絶対にありませんよ」
 俺は彼の顔を見た。
 またあの恥ずかしそうな笑顔。
 「皆、よくよく見る目がないんだなあ」
 笑顔。
 彼の顔はまだ赤かった。
 その真中を左右に走る古い傷。
 皮膚と皮膚の境目が赤かった。
 「先生?」
 声をかけられて初めて、自分が立ち上がっていたことに気付いた。
 「トイレですか?」
 返事はしない。
 ゆっくりと彼に近付き、手を伸ばした。視界にまた斑点が見え始めていた。
 「カカシ先生?」
 戸惑う彼の顔を捕まえた。
 そのまま、顔を近付け、唇を寄せてキスをした。
 唇にではなく、その古い傷痕の、死んだ皮膚にキスをした。
 目を開くと、息を呑む彼の黒い瞳と目が合った。俺のよく知っている瞳と全然違う、黒い瞳。
 「先生・・・?」
 臥所が軋んだ。
 正直に言えば。
 酒の所為ではなかった。
 俺は発情していたのだ。