カカシ先生、明後日の晩はお閑ですかとイルカが聞いてきた。
食事とか酒とか、誘いの内容をはっきり言ってからどうですかと訊ねるイルカにしては珍しい誘い方だなと思いながら、ええとカカシは答えた。イルカと違ってカカシには持ち帰りするような類の任務はない。子供達を連れての夜間任務か夜間演習でもなければ夜はヒマなのだ。
では、とイルカはカカシの好きなちょっと含羞むような笑顔で言った。
「お祭り、ご一緒しませんか?」
「ねえねえ、これってデート?」
うきうきと尋ねてくる馬鹿の伸び切った鼻の下にアスマはうんざりと、それでも返事をした。
「・・・かもな」
「なんだよー、そのいい加減な返事は」
「だってお前先刻からなんべん同じこと聞きゃあ気が済むんだよ。大概にしねえと温和な俺も切れるぞオラ」
木ノ葉隠れの里の祭りは三回ある。秋と春と夏。
秋の祭りは食い物屋の屋台や催しが多い。だが昼間がメインで物産展的な意味合いが強く、子供の祭りという雰囲気だ。
春の祭りは花を愛でる為のもので、屋台や催しもあるが規模も小さく家族や親しい者同士が集まって酒を飲んだり弁当を食べたりという内輪的な色合いの濃い祭りだった。
だが夏の祭りは夜が中心だ。様々な夜店が商店街から長く伸びて山の中ほどにある神社まで連なっている。いつもは人気のない神社も、この間だけは吃驚するほど沢山の提灯に飾られ賑やかになる。これが木ノ葉隠れの里の祭りの中では一番人出も多く派手な祭りだった。
その夏祭りに一緒に行かないかとイルカが誘ってきたのだという。
カカシは勿論舞い上がった。馬鹿全開、とその晩無理矢理酒場に引き摺り込まれのろけを聞かされる羽目になったアスマは杯に隠れてうんざりと溜息を吐いた。なにせ相手は唯の馬鹿ではない。元暗部の写輪眼持ちの馬鹿なのである。うざったいことこのうえなし、だ。
「いいじゃないかよ」
子供のような口調でカカシは言う。
「だって俺イルカ先生と何処かへ行くなんて初めてなんだからさ。ちょっとぐらいはしゃいだって可愛いくていいじゃないか」
「・・・言うか、自分で。いけずうずうしい野郎だな、本当に」
アスマが言うところの「シタシイオツキアイ」というヤツを二人が始めてからそろそろ二月、という頃だった。
新卒下忍指導員のカカシとアカデミー教員のイルカは昼間は互いの仕事がある為に、二人で会うのは専ら夜だった。仕事が終わってから待ち合わせ、酒を飲み食事をしながら話をする。それだけが二人の逢瀬というわけだ。やっと最近休日に互いの家に行くようになった。
アスマはその辺りは詳しかった。別に詳しくなりたかった訳でもないのに詳しかった。・・・いちいちカカシが報告に来るからだ。
だから二人がまだ清いオツキアイだというのも知っている。・・・くどいようだが別に知りたくもないのにカカシがいちいち報告に来るからだ。・・・ちっ。
生真面目な質らしいイルカ先生は明日もお互いに仕事がありますしと、毎回きちんと十二時前にはカカシを連れて店を出るのだ。カカシがなんと言ってダダを捏ねようと譲らなかった。にこにこと笑いながら、酔っ払って真っ赤な顔をしていても、
「さ、帰りますよ、カカシ先生。忘れ物はありませんね」
そう言ってカカシの腕を掴むのだ。酔っ払った振りというベタな真似をしてもダメだった。酒屋から荷車を借りて、それにカカシを放り込むように乗せるとがたがたとカカシの家まで送って行った。そうして鍵を開けてカカシを寝台まで連れて行くと、じゃあ俺これお店に返してから帰りますからと言ってさっさと帰ってしまったのだ。カカシ先生また明日。遅刻はしないで下さいよとかなんとか言って。ついでに言えばこの後怒り狂ったカカシはイルカの後を追い駆けずに何故かアスマの家へやって来た。そうして既に床に入っていた彼を叩き起こし愚痴と八つ当たりを始めたのだ。家まで連れ込んであんなことやこんなこともしようと思っていたのにとえげつない妄想をひとくさり聞かされた後、アスマこれってどう思う?とカカシに鼻息荒く詰め寄られ、寝不足のアスマがはっきりと殺意を感じたのは彼の記憶に新しいところだ。
だのに。
今目の前でデートだなんだと浮かれまくっている馬鹿を見ながら、アスマはなんだかなあと思った。
よいことなのだろうとは思う。カカシは些か情緒が未発達、というか偏っているところがあったので、誰かを好きになったりするのは歓迎すべきことなのだろう。・・・例えその相手が同性だったとしても。
だがしかし。
俺のとこにケツ持ち込むのはやめろ。
心底アスマは思った。
他人事に首を突っ込むなというのは面倒くさがりの多い猿飛家の家訓であった。アスマ自身も他人の色事出入に巻き込まれるのは真っ平御免だった。しかもそれがカカシのとくれば。アタシの耳を腐れホモの戯言で汚すなと早いうちから切り捨てた紅や、その見かけより数段真っ当な精神を持っていて冷静に理性的なツッコミをいれる為にカカシの方でのろけを聞かせたがらなくなったガイを、アスマは心底羨ましく恨めしく思った。所詮彼はお人好しなのだ。自身が思っているよりも。
「・・・!」
不図思い付いてアスマは言った。口が滑ったというヤツだ。
「けどよ、それって二人っきりなのか?行ってみたらホレ、例のガキとかいたりしてな。はは・・・」
その瞬間のカカシの顔を見た時、アスマは自分が成人でよかったと心底思った。餓鬼だったら間違いなく寝小便コースだ。もしかしたら熱を出したかもしれない。そんなんでいらんトラウマは作りたくなかった。
「よーし」
待ち合わせ場所にナルトがいないのを確認してカカシは満足そうに頷いた。そんなことあるかとアスマを怒鳴りつけたものの、内心では不安爆裂だったのだ。優しいくせに鈍感なイルカ先生があの存外寂しがりな少年のことをひどく気にかけていたのはカカシもよく知っていたので。
「・・・カカシ先生、何やってらっしゃるんですか・・・」
「あ」
握り拳を作っていたら発見されてしまった。
背後の草叢に匍匐前進するようにぴったりと身を伏せたカカシをイルカは思い切り不信そうに見下ろしていた。
「えーと・・・」
なにやってると聞かれ、カカシは少々困った。まさかナルトがいたら引きずり込んで縛りあげるかなんかして二人っきりになれるようにしようと思ったもので、と正直には言いにくい。
「立って下さい。ほら、浴衣が汚れますよ」
そう言ってイルカはカカシの乱れた浴衣を手早く直し、汚れを払ってくれた。ちぇー、どうせなら剥いてくれちゃってもいいのにと不埒なことを考えていたカカシだったが、
「行きましょうか」
とイルカが嬉しそうに笑うと、自分もなんとなく嬉しくなって、
「ハイ」
なんて素直にお返事してしまった。
結構な人込みの中をはぐれないように並んで歩きながら、イルカ先生浴衣姿も素敵だなあとカカシはうっとりと思う。残念ながらカカシはイルカの忍装束以外は知らない。だからなんだか得をしたような気分だった。紺色のどうといったことのない浴衣と引結にした髪をカカシはぽやんと見つめていた。恋のフィルターとは恐ろしいものである。
「カカシ先生何か食べますか?」
「・・・食っていいんですか?」
「勿論ですよ」
ついうっかり本音が出たカカシに、これが人込みの中ではなく二人っきりだったなら相当にヤバい会話だったことに気付かないイルカはイカ焼きの屋台を指して言った。
「あれなんかどうですか?」
あれよりこれがいいですと心の中で思い切り叫びながら、カカシはまた素直にハイとお返事を返した。
イカを食べた後、木ノ葉焼きを半分こしてから神社へお参りした。先生方どうぞとアカデミーの父母らしいおかみさん達からお振舞いの麦酒をもらってから射的や籤を引いて遊んだ。
「カカシ先生、楽しいですか?」
「楽しいですよ」
こういうことを面と向かって聞いてくるとこが野暮だっていうんだよ。まあ、この人らしくて可愛いけれど。
カカシはそう思いながらにこにことイルカの持って来てくれた麦酒のおかわりを受け取った。少し休みましょうかと言って橋の欄干に寄り掛かりながら話をした。
丁度夜店の途切れる辺りで、神社へ行く人々と戻ってくる人々が入り乱れてゆるゆると目の前を通り過ぎていく。少し遠くから太鼓の音も聞こえていた。
「カカシ先生」
「はい?」
「その・・・浴衣お似合いですね」
はは、と照れくさそうに笑ってイルカが言った。
「そうですか?着慣れないもので」
「そんなことないですよ」
その言葉の調子からはカカシが例え金太郎の腹掛けいっちょだったとしてもイルカは誉めてくれそうだった。よっしゃあ脈あり!カカシはこっそり握り拳を作った。いい感じだ!夏の夜は涼やかで、祭りの雰囲気はふわふわと軽い高揚感があった。いい感じだ!
さらさらと流れる暗い川を覗き込むようにしてイルカが言った。
「俺、実はね」
「はい」
「こういう風に誰かと祭りを楽しむなんて初めてなんですよ」
カカシが顔を向けても、イルカは川を覗き込んだまま静かに言葉を続ける。
「両親がああいったことになってから・・・勿論餓鬼の頃は友達なんかと一緒に来ましたけど、でも」
恋人らしい男の腕に絡まりながら何か囁いた女性が楽しそうに笑いながら二人の横を通り過ぎて行った。
「でも、だから嬉しいです。今日、カカシ先生とご一緒できて」
「イルカ先生・・・」
「ありがとうございます、カカシ先生」
俺の方こそ、とカカシは思った。
幼い頃から一端の忍者として生きて来た。その事に後悔はないけれど、やはり何処かが「普通」ではない自分をカカシはよく分っていた。けれどイルカは当たり前のように自分を「普通」に扱ってくれる。それも「普通」でない事を知りながら。
俺の方こそ、ありがとうございます、イルカ先生。
そう、言おうとした時だった。
「他人にメイワクかけといてなんだって言うんだよ、その態度はぁ!」
強かに酔っているらしいその男は腰の辺りから膝まで派手に付いた緑色の染みを叩いて見せながらがなった。
「申し訳ありません。ご、ご容赦を・・・なにぶん、子供のしたことですから・・・」
孫らしい子供を庇いながら老人はぺこぺこと頭を下げた。
「子供がしたことなら何だってんだよ、ええ?」
祭りではしゃいだ子供が走るかなにかして男にぶつかったらしい。緑色の染みはカキ氷のシロップだろう。服を汚され、確かにこちらが被害者の筈なのだが、べそをかいている子供と平謝りの老人を前に居丈高なその態度、しかもぐでんぐでんに酔っ払った仲間と三人がかりでは、どう見ても男の方が悪役だ。
「子供なら何やっても許されるっていうのかよ。すると何か、俺に、子供がぶっかけたんだから我慢しろと!そう言うんだな?ああ?」
「そ、そういうわけでは・・・」
「ならどういうわけだっていうんだよぉ?舐めてんのか爺さん!」
遠巻きにしていた中には、たかる訳でもない、酔いに任せて絡むだけの質の悪さを見兼ねて諌めようとした者もいたが、相手が上忍、それも気が荒いので有名な男だと分ると躊躇ってしまった。
「言ってみろよ、どういうわけだって言うんだよ!」
「止めて下さい!」
老人の胸倉を掴んだ手を払うようにして言ったのは。
「イルカじゃねえか」
「中忍がでしゃばるなよ!」
「止めて下さい、お三方。こんな事、上忍がなさることじゃないでしょう?」
「イルカ・・・?」
後ろに控えていた二人の言葉を聞き、自分の邪魔をした相手の素性にようやっと思い当たったらしい上忍はぎろりと生意気なアカデミー教師を睨み付けた。酔った赤い目が厭な色を浮かべる。
「てめえにゃ関係ねえだろうが。引っ込んでろよ、センセ」
「酔ってらっしゃるんですね」
判り切ったことをわざわざ聞くイルカに後ろから見ていたカカシはあちゃあと顔をしかめた。怒るぞ怒るぞ。イルカ先生馬鹿なんだから。
「祭りなんですから、多少過ごされるのは構わないと思います。ですが酔ってご老人に 暴力を振るうなんて、木ノ葉隠れの上忍としてみっともないとは思いませんか!」
はーい、酔っ払いに正論は通じないと思いマース、イルカ先生。
カカシが心の中で突っ込んだのと三人が大声で笑ったのは同時だった。
「みっともないときたよ!」
「さっすがはアカデミー勤務だぜ。先生様だもんなあ」
「けどな」
酔っているとは思えない動きだった。決して油断していたわけではなかったのに、イルカは思い切り胸倉を掴まれ、そのまま締め上げられた。
「おマエ、うぜえよ」
ぎりぎりと締めながら、もがくイルカに顔を寄せると、憎々しげに言う。
「三代目にちいっとばっかり目をかけていただいてるからって上忍の俺達に意見するなんざ百年早えんだよ、勘違いしやがってド中忍が」
「なら上忍だったら意見してもいいんだな」
不意に割って入った声の方を見やれば。
「だったら俺が言ってやるよ。その人を放しな」
「・・・何だ、お前・・・?」
不審気な声を出す上忍の、締め上げが緩んだ腕の中からイルカが制するように言った。
「カ、カカシ先生・・・」
カ・・・?
「カカシだとお?!」
三人揃って思い切り叫んだ。
「そういやその声はカカシ!」
「うわ、お前そんな顔してたんだ!」
「初めて見たぞ、珍しい!ってか、お前ちゃんと顔あったんだな!」
止めに入ってくれたイルカ先生の危機に青褪めていた人々もそれを聞いて騒ぎ出した。
「あれ、カカシ先生だってよ!」
「え、いつも面布と額当てしてるあのけったいな上忍の?」
「へええ、あんな顔してたんだぁ」
「あんま強そうにゃ見えねえよな?」
「やだ、結構いい男じゃないのさ!」
「ヨネさんああいうの好みじゃないのお?」
「あら、あれなら死んだ爺さんのが男前さね」
わいわいがやがや。
前髪で上手く隠した写輪眼はバレなくとも・・・かなり恥かしい状況だ。珍獣ポジションに置かれたカカシは後悔したが仕方なかった。
だって愛しのイルカ先生がピンチだったんだもん。
気を取り直して。
「いいから放せ!この酔っ払い。皆さんにメイワクかけてんじゃねえよ!」
きつい声で言えばシチュエーションを思い出したらしい三人の顔が歪む。いきなり剣呑な空気。
「どっちがメイワクだよ。そこのガキが俺にカキ氷なんざぶっかけやがったんだぞ!」
「そうそう。だから責任について話し合ってたところにこのセンセがしゃしゃり出てきたんだじゃねえか」
如何にも力自慢といった大柄な男がにやにやと言うのに、顔に派手に傷のついた一番年下らしい茶髪も笑った。
「まるで俺達が悪いみたいに言うの止めてくれねえかなあ」
酔っ払い特有の笑い方にかちんと来たカカシだったが、まだ口で済まそうとしていた。次の言葉が耳に入って来るまでは。
「そうか、三代目に加えて元暗部のお前とも付き合いがあったから妙に強気だったのかよ、この『キツネ憑き』の兄ちゃんは」
アスマは苦戦していた。
酒の所為ではない。麦酒を五、六杯飲んだとて鈍るような頭ではなかった。
だが、これではあまりに分が悪い。
「どうしたどうした、『参った』かあ?」
片手で駒を玩びながら嬉しそうに聞いてくるガイに憎まれ口を叩いてやろうと顔をあげたその時。
「アスマァ〜!」
大声で自分の名前を呼びながらえらい勢いで脇を駆け抜けてった白と赤と黒のだんだら模様に通りすがりに甚平の襟を掴まれたアスマは、そのまま叫ぶ間もなく引き摺られて行ってしまった。
「アスマ?!」
置き去りを喰らったガイが慌てて駆け出す。ひっくり返された将棋盤もそのままに。一瞬のことに詰め所に残された人々はあっけにとられてその姿を見送るしかなかった。
どんよりと部屋の隅っこで俯くカカシをうざったそうに見ながらアスマは溜め息を吐いた。あああああ、面倒臭え。
「つまり」
代わってガイが確認を取る。
「イルカの前でやっちゃったと。そう言うんだな」
こっくり。
無言のままカカシの俯いた頭が揺れる。
なんだってまた、とガイは溜め息を吐く。
「酔っ払ったとかそういうことじゃないんだろう?お前ウワバミだもんなあ」
「・・・だって」
幼児モードに入っているカカシがぐちぐちと言う。
目の前が真っ赤になった。
頭の中が真っ白になった。
自分でもびっくりするくらいのキレっぷりだった。
大抵のことは平気で流して生きて来た筈だったのに。
馬鹿にした。
それも同時に。
カカシの大事な人と初めての部下を。この酔っ払い共が。
キツネとキツネ憑き。
悪意を持ってそう呼ぶ奴等がいるのは知っていた。当人達の耳にも入っていたかもしれない。
けれど。
けれど。
カカシ先生、とイルカが叫んでいた。いつもの、躊躇うような戸惑うようなあの表情で。彼の両手はしっかりと組み合わされていて、足元には事の発端になった緑の染みをつけた上忍が頭を抱えて蹲っていた。カカシの背後からかかろうとしたのを、更にその背後からイルカが殴りつけたようだった。
「・・・カカシ先生」
途方に暮れたように繰り返され、自分の様にようやっと気付いた。
左手で胸倉を掴んだ相手は目茶目茶に殴られ、半失神状態だった。足で肩を踏みつけた大柄な方はうめきながら脚を抱えてのたうっている。
「う・・・ぐ、ぐ・・・」
やっちゃった!
カカシの頭に浮かんだのはその一点だった。
夏のお祭り、初のデートで、自分は愛しのイルカ先生の目の前で同僚をボコにしたのだ!
それも三人も纏めて!
恐る恐る自分の姿を確認してみれば、思い切り着崩れた浴衣は返り血がべっとりと付いている。呆然として手を緩めれば虫の息の茶髪はどたりと厭な音を立てて地面に落ち、遠巻きになった野次馬達の間から悲鳴が微かにあがった。
「カカシ先生」
「いるか・・・せんせい・・・?」
呆けたように名を呼んだ。
ショックだった。
この様子からすると、もう何べんもイルカは自分のことを呼んでいてくれたらしい。
だのに。
自分にはその声が届かなかったのだ。
イルカの声なら直ぐに気付くと思っていたのに。大好きなこの人の言うことなら分ると思っていたのに。
だのに自分は。
気付かず殴り合いをしていたというのか。
こんな、人前で。
この人の、前で。
「カカシ先生」
イルカが手を伸ばして来た。カカシに触れようとしたらしかった。
落ち着け、ということか?
が。
「・・・〜〜〜っ!!」
イルカの手が届かないうちに訳のわからない叫びをあげてカカシはその場から走り出したのだ。凄まじい勢いで。
とんずら。
カカシ先生!
イルカの悲鳴のような声が後を追ったが、振り向く勇気などカカシには勿論なかった。
やっちゃった!
初デートだったのに!
ごめんなさい、イルカ先生!
恥をかかせてしまいました、ごめんなさい!
やっぱり常識ないんだ俺!
どうしよう、迷惑かけた。
ごめんなさい、皆さん。
ごめんなさい、イルカ先生。
ごめんなさい。
ごめんなさい。